〈本会はこうした政治活動の強化を目的とする、業界では始めての全国的な団体〉であるという。 そこで、Nの業務企画部は、この文書を各支社長に送付し、〈全社で一○万人の会員募集を目標〉として掲げた。
一○万人といえば、Nの全職員数に近い。 しかも、その〈会費〉については、〈幹部会員に限り年間一二○○円〉とあり、〈但し全額会社負担とするので周知徹底のこと〉と、指示している。
この会は、政権党である自民党の後援団体で、選挙のたびに自民党候補者の選挙活動をつづけてきた。 Nは、契約者の命や老後の生活にかけた資金を、いったん社内で無色にしたはずが、特定政党の政治色をつけ、この会の会費として乱費しているわけである。
こうした乱費によって、さきの「自由新報』の対談のように、〈余裕に乏しい〉国民は、助けると〈怠慢になって働かない〉から、〈助けてはいかん〉という政府・自民党と生保業界の政治的合意も成り立っている。 Nという「よくわからない会社」が、実際になにをやっているのか「見える会社」にするのは、N自身にはできないようだ。
その社員でもあるはずの契約者、消費者が、その経営の実態を監視するだけでなく、たとえば代表を社員総代として送り込むような〈新しい行動〉が必要であろう。 契約者と消費者自らが、〈発信〉し〈提案〉していく以外に、「よくわからない会社」を「見える会社」に変身させていく方法はない。

前章までは、マネー大国ニッポンの銀行、証券会社、保険会社などの各業界を代表する金融大企業を追跡してきた。 それらの代表的な金融大企業は、それぞれの金融システムを巧みに活用して、マネーを集めるとともに、そのマネー・マジックを駆使して巨額のマネーを増殖していた。
しかし、この国のマネーは、一方の極に集中するばかりで、国民の財布を必ずしも豊かにしていない。 この国がマネー大国になるにしたがって、あり余ったマネーで株式や土地を買いあさり、異常な高値の峰をつくってしまった。
持てる者だけがますます豊かになり、多くの国民の不公平感はつのっている。 この国全体では、いったい、どのようにマネーが流れているのだろうか。
あるいは、マネーはどこかへ流失してしまっているのだろうか。 このマネー大国には、より大きなマネー・マジックのシステムがあるはずである。
それを明らかにするために、マネーの流れを操作するN銀行(N銀)をはじめ政府・大蔵東京・日本橋本石町にあるN銀本店は、威厳を誇っている。 周辺には、N銀を取り囲むように、東京銀行本店などの都市銀行や信託銀行、生命保険会社、損害保険会社などの金融大企業のビルが並んでいる。
N証券本社の軍艦ビルや東京証券取引所などもほど近い。 N銀を取り巻く金融大企業の配置は、日本の金融機関の相関図を描いているようでもある。
N銀本店の建物全体が巨大な石造りの密室のようで、知らない者の出入りを拒む雰囲気をもっている。 N銀には、全国に三三支店と一二事務所があり、約六六○○人の職員が働いており、海外五都市に駐在員が派遣されている。
本店ではその約半数が働いている。 N銀本店の建物は、戦前からの旧館と、七三年に完成した地上一○階、地下五階の新館とでなっている。

新館と旧館には、正門のほかに東門、北門、南門などがあるが、門といっても実際に門があるわけではなく、新旧二つのビルの出入口である玄関だった。 N銀をはじめて訪ねた私は、その門のまえに立って、一瞬、どこから入ろうかと迷ったのち、旧館から入っていった。
旧館のいかめしい石造りの玄関にも、「N銀ネット講習会会場」を知らせる立看板があった。 N銀ネットは、N銀が開発し八八年秋から実働する全国規模のオンライン・ネットワーク・システムである。
市中の金融機関や金融企業は、N銀ネットによって接続され、N銀とのあいだの当座取引や国債の起債や償還、利払いなどのいっさいの事務をオンライン処理することになる。 N銀ネットは、N銀の業務だけでなく、市中の金融企業の事務合理化、省力化をも目指していた。
講習会も、金融企業の担当者を集めたもの月刊行内誌『にちぎん」(八八年三月号)は、職員から募集した論文「私の意見」の入選作品を掲載していた。 その一つ「N銀行のイメージ戦略」は、同誌の過去五年間の記事を対象に調査し、N銀にたいする否定的なイメージとして、〈おとなしすぎる〉と〈閉鎖的〉の二つをあげている。
また、〈閉鎖的〉である理由として、〈建物に入りにくい〉ことと〈堅苦しい〉こととをあげている。 この論文の筆者は、〈本行に対する否定的なイメージとして外部から寄せられた「閉鎖的で外部とのつながりが弱い」、「PR不足」といったイメージは、広報のやり方いかんでは返上できるのではないか〉と述べ、イメージ戦略を立てるよう提案している。
この論文を入選作品に選んだN銀の意図もわかるが、ある意味で〈閉鎖的で外部とのつながりが弱い〉がために、N銀の存在価値が今日まで保たれてきたともいえる。 それは建物の構造や造りのせいだけではない。
たとえば、行内誌『にちぎん」は、〈外部〉には出さないように、裏表紙に〈職員・家族限り〉と刷り込んでいる。 それは、労働組合でも例外ではない。
「組合ニュース」や議案書などにも、題字の上か横の最も目立つ位置に、必ず〈対外厳秘取扱注意〉と刷り込まれている。 逆に、どんな〈対外厳秘〉があるのかと興味をいだかされたが、私が知るかぎり、どこの組合の機関紙などと比べても、あたりさわりがなく、無内容だった。
中央銀行マンという職業柄から、内外の経済情勢などについて議論や分析が書かれていそうだが、やたら目についたのは、〈執行部案を「一名の反対もなく」可決〉といった見出しや記事だった。 仮に廊下に接したドアがいつも開かれていたとしても、のぞいてもいけないという重圧感が、それこそ〈一名の反対もなく〉、本店中にただよっている。
新館のエレベーターを降りると、廊下で私を待っていたのが、訪ねる約束をしていた広報課のM哲副調査役だった。 私が館内を勝手に「散歩」しないために待っていた気配だった。

応接室にとおすと、まず「どちらを回ってこられたのですか」と聞いた。 受付から連絡があってから、私が姿を見せるまでに時間がかかりすぎたからだろう。
「同じN銀に入るなら、あの旧館から入りたかったものですから」というと、そうだった。 受付で来意を告げると《受付嬢が広報課に確認のうえ、入門バッジを手渡してくれた。
主要な部署は、とっくに旧館から新館に移っており、総務局広報課も新館にあった。 N銀の二三代目の森永貞一郎総裁は、七四年に就任した直後の年末挨拶で、「総裁室のドアは、いつでも開かれている」「内外ともに『開かれたN銀行」ということを、私としては念願したい」といった。
この「開かれたN銀行」宣言から、何度も同種のスローガンが繰り返されてきたが、大理石の廊下に面した部屋の壁は厚く、閉じたドアも重彼も納得した。 ところが、N銀に関しては、古いものでは吉野俊彦『N銀行史』全五巻(七五?七九年、春秋社刊)などがあったが、変化の激しい八○年以降に出版した単行本は、十数点にすぎなかった。
しかも、ほとんどがN銀自身が出版した資料集や統計集であり、それ以外の書き下ろしの単行本は三冊しかなかった。


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